「『エジソンズゲーム』という映画が公開されたらしいけど、評判はどうなの?色々気になったけど、詳しく知りたい」
そんな疑問を解消します!
今回は映画『エジソンズ・ゲーム』を紹介します。エジソンズ・ゲームは1880〜90年代の電流戦争をテーマにした映画です。背景知識無しで映画を楽しむのも良いですが、知っているとより映画を楽しめます。映画を観終えたあとに確認してもよいですね。
なお、僕の物理学の勉強歴は12年ほど。研究者として生計を立てつつ、サイエンス・エバンジェリストとして科学技術を世間に伝えるための教育活動もしています。こういったバックグラウンドなので、記事の信頼性が担保できるかと思います。
それではいきましょう!
「エジソンズ・ゲーム」で科学技術で徹底解説
テーマは電流戦争
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電流戦争は、電力事業において「直流」を使うか「交流」を使うかという19世紀の後半におこった技術戦争です。「直流」電流を支持するのは発明王としても名高いエジソンです。一方で、「交流」電流を支持するのはウェスティングハウスとニコラ・テスラです。ニコラ・テスラはエジソンのライバルと言われる存在で、エジソンの下で働いていたこともあります。
この戦いはプロパガンダ工作や特許対決も白熱したため、電流戦争と呼ばれています。原題の「The Current War」はここからきています。
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また、こちらの小説も参考にしています。同じ電流戦争を取り扱った作品です。
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全体の流れを確認する
- 電流戦争は19世紀末にあった
- 直流(エジソン)と交流(ウェスティングハウス&テスラ)
- 特許やプロパガンダなどの技術ではない戦いもあった
- 送電の効率が良い交流が勝利する
ざっくりまとめてみました。映画を観るには事前にこのくらいを知っておくとあらすじを見失うことはないでしょう。映像が美しいため、流れを見失う恐れがあるのでご注意ください。
エジソンズ・ゲームで学ぶ科学技術
それではエジソンズゲームを通して科学技術を学んでいきましょう!
始まりは1880年の車窓から
1880年から話は始まります。その頃の照明事情はというと「The world is lit by fire.(世界は火に照らされている)」とあるように、まだキャンドルライトで夜を照らしていた時代です。産業革命によって機械化が進んでいましたが、機械は手、足、または蒸気で動かされていた時代です。確かに、序盤にでてくる夜の晩餐会では、部屋中におかれたロウソクの火があたりを照らしていることがわかります。
オープニングシーンが印象的です。列車が「ウェスティングハウス製の空気ブレーキ」で停車します。場所はメンロパークです。エジソンの電球を使った演出によって映画が幕を開けます。
映画のなかでは、ウェスティングハウスの誘いによる食事会をエジソン一行がすっぽかします。これが、因縁となって電流戦争が開幕するというわけです。
直流 vs 交流
直流は変化なく一方向に流れる電流のことです。一方で、交流はいったりきたり向きが変化するような電気の流れです。
当時、どちらの電力方式が優勢になるか決まっていませんでした。直流方式を推進してきたエジソンに対して、ウェスティングハウスとテスラが交流方式で対抗します。
この技術戦争を「電流戦争」と呼ばれるのです。
泥沼化したプロパガンダ工作
電流戦争では、技術以外でも戦いがおこなわれました。
エジソンは交流に悪い印象を与えるプロパガンダ工作をおこないました。動物を交流電流で殺すところを見せることで、交流の危険性を印象付けました。また、死刑囚の処刑に交流電流の電気椅子を使いました。
ウィリアム・ケムラーの処刑シーンが描かれていますが、本当に悲惨な死を遂げたようです。映画のなかでは美しい音楽とともに、処刑シーンが描かれています。しかし、実際には、数秒の通電が終わった後に絶命していないことがわかり、通電を再開したそうです。翌日の新聞にはあまりの悲惨さが描かれています。裁判所に出席したエジソンが、サインを求められた際に処刑者のケムラーの背中を使ってサインをシーンは、彼らの関係性を印象付ける演出でした。
映画にも登場した電気椅子を開発した技術士はエドウィン・デーヴィスという人物です。エジソンからの手紙にあった「Burn. TAE」は印象的でしたね。
ナイアガラ発電所
映画ではオープニングとエンディングに出てきたのはナイアガラの滝です。
ナイアガラの滝のエドワード・ディーン・アダムス発電所にて、交流発電機が採用されます。このときの委員会では、絶対温度でお馴染みのケルビン郷(ウィリアム・トムソン)らが参加し、JPモルガンやロスチャイルド家などが支持していたようです。
シカゴ万博だけではなく、このナイアガラ発電所で交流が勝ったことは大きな意味をもちました。
交流勝利の理由
映画では簡単にしか触れられていませんので、復習しておきましょう。直流は、一定の電流のことです。電池で実験をおこなうときには、このような直流電流が生み出されます。一方で、交流電流は電流がいったりきたりするような電気の流れです。
交流の決定的な利点は、電力損失です。電気は、電気抵抗によって電力がエネルギーに変わります。小学校の実験で電池につないだ線が熱くなったのはそのためですね。電気エネルギーが熱に変わってしまった分はエネルギーを損失していることになります。この電力損失は小さければ小さいほど良いというわけです。
直流に比べて交流は、電力損失が小さいです。そのため、同じ電気エネルギーを発電したときには、より遠くに電力を運べることになります。直流の場合には各地に発電所を設けないといけませんが、交流では遠く離れた発電所から電気を送ることができるというわけです。
電流戦争の結果は今の社会に繋がっています。電力事業(発電、送電、受電)が基本です。思い返してみると、家のコンセントは交流電流(AC)ですね。東日本では50Hz、西日本では60Hzの電源周波数ですが、これらは1秒あたり何回電流がいったりきたりするかという、交流の周波数のことを指しています。
電化製品の一部は直流電流を使うので、変換器(アダプタ)が必要です。パソコンやスマートフォンに給電するときには、コンセントにACアダプタを繋いでから使いますよね。
さて、ここからはエジソン、ウェスティングハウス、テスラについてそれぞれのことをみていきましょう。
トーマス・エジソン
- 19世紀後半〜20世紀前半(100年前くらい)の”発明王”、”努力の人”
- 電話機、蓄音機、発電機、キネトスコープ、白熱電球を発明
- 世界最大メーカーGEの創業者
- 特許の運用が凄いため”訴訟王” とも呼ばれる
エジソンは多くの異名をもちますね。映画の中では「メンロパークの魔術師(The wizard of Menlo Park)」というあだ名で度々呼ばれていましたね。エジソンの本拠地は、ニュージャージー州メンロパークでした。メンロパークで研究所を営む発明家であったため、メンロパークの魔術師と呼ばれていたのですね。
白熱電球
エジソンの偉大な発明の一つに白熱電球があります。電気を使った照明がずっと身近なものになりました。白熱電球を発明したのはイギリス人のジョセフ・スワンです。しかし、実用的なフィラメントを選定したり、普及させた功績で白熱電球の発明家として呼ばれているのです。フィラメントとは電球の光部分ですが、エジソン電球のフィラメントには日本の竹が使われていました。映画でも「Japanese Bamboo」と言っていましたね。
また、ねじ込みランプソケットいう電球の差込部が特徴的です。締結と電気的な接続の2つの役割を果たしている重要な機構です。発明者のエジソンの名前をとって、エジソンバルブやエジソンスクリューと呼ばれています。映画の中でもエジソンが「あれは私の特許だ」と主張するシーンがありましたね。今でも利用される電極になっています。
キネトスコープ・蓄音機
エジソンの発明は、白熱電球や発電機だけではありません。映画にも登場するの蓄音機やキネトスコープを発明しました。これにより映像や音声を記録できるようになったのです。20世紀が「映像の世紀」といわれるのは、エジソンが発明した映像や音声の技術が華開いた時代だからです。映画の源流ともいうべき発明を映画で観るのは、なんとも不思議な体験だと思いながら観ていました。エジソンは「映画の父」とも呼ばれていますね。それにしても亡き妻の肉声を蓄音機で聴く姿は印象的でしたね。
J.P.モルガンとの関わり
J.P.モルガンはモルガン財閥の創始者です。タイタニックのオーナーであり、タイタニックの航海直前にキャンセルしたことから陰謀論の種になることも多いですね。
映画の中でも取り上げられますが、エジソンのメンロパークの研究室がGE(ジェネラル・エレクトリック)社になったのはJ.P.モルガンの融資によるものです。また、電流戦争において決定打となったナイアガラの滝の発電所では、J.P.モルガンも交流方式を支持したことが知られています。J.P.モルガンの影響力が非常に大きかったことがわかります。
秘書のサミュエル・インサル
インサルはのちに大出世します。実際、アメリカで電気が普及したのはインサルの貢献が大きかったとされています。金融のモルガン、石油のロックフェラー、電気のインサルと呼ばれたほどです。しかし、資産を横領していたようで会社を追放されます。
晩年、横領が明るみになり、インサルはアメリカを逃亡しています。映画のなかでは、プロパガンダ工作をするエジソンに物申していた正義感のある秘書だったために残念な史実ですね。
さて、次はウェスティングハウスです。
ジョージ・ウェスティングハウス
- 鉄道用の空気ブレーキを開発
- 電流戦争では交流方式を推進した
- ウェスティングハウス社の創始者
彼の最大の功績といえるのが、この電流戦争のテーマである交流方式の推進ですね。
それ以外にも現代の鉄道でも使われている空気ブレーキを発明しました。これによって、富を得ていたウェスティングハウスは新しいエネルギーに興味をもっていたというわけです。冒頭シーンでは、ウェスティングハウス製のブレーキが列車を止める演出がありますね。
ジョージ・ウェスティングハウスは映画の中でもある通り、ウェスティングハウス・エレクトリック社を経営しています。第二次大戦後は、原子力の技術で大きな存在感を出しましたが、その後大きく縮小しました。
東芝事件のきっかけ
ジョージ・ウェスティングハウスの会社であるウェスティングハウス・エレクトリック社は大企業になりました。20世紀半ばには主に原子力産業で強みを持ちます。しかし、縮小を続けて今は消滅しています。関連会社のウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーは東芝傘下にいました。2015年から大問題になった東芝の巨額損失問題はこの買収が発端であったともいわれています。
さて、次はニコラ・テスラです。
ニコラ・テスラ
- 交流電流方式、蛍光灯、無線システム、誘導モータを発明
- 電流戦争ではウェスティングハウスと手を組み交流方式を推進した
- 磁場の単位テスラの由来
- テスラ・モーターズ社の名前の由来
ニコラ・テスラはこの映画では主役ではありませんでしたが、世紀の天才といわれています。交流発電機、誘導モーター、高圧変換器(テスラコイル)、無線トランスミッターなど多くの装置を開発しています。現代の身の回りにはテスラの発明に基づく技術が多くあることに気づきます。
テスラは、国際的な生い立ちがあります。両親はセルビア人で、オーストリア帝国の街(現在のクロアチア)で生まれます。大学はドイツのグラーツ工科大で学び、チェコのプラハ大学へ留学したりします。ハンガリー、フランス、アメリカと技術者として各地でキャリアを積みました。なんとフランスにいる間、プライベートで研究を続けて誘導モーターを発明しているのです。まさに、在野研究者ですね。映画のなかでも「移民」として酷い扱いを受けるシーンがありましたね。
ウェスティングハウスと手を組んだことで、大きな支援を受けて技術を開発していきます。電流戦争では勝利したテスラですが、晩年は金銭苦だったそうです。独身で過ごし、マンハッタンのホテルで死去しました。なんとも悲しい末路に聞こえますが、本当のところはどうだったのでしょう。もう少し、テスラの一生を追ってみたいところです。
無線通信技術
映画のなかで、ウェスティングハウスがテスラのメモ帳の中身について教えろというシーンがあります。「ダイナモとランプの間にあるワイヤー、これは必要なのか」というシーンがあります。これは、後にテスラが発明する無線通信技術について言及しているシーンです。このシーンでピンとくる方はなかなかの科学技術好きではないでしょうか。
誘導モーター
ニコラ・テスラは、三相交流モーターの一種である誘導モーターを発明しました。高いエネルギー効率であるために世界で最も利用されているモーターです。
また、テスラは色んなところに名前を残しています。磁場の単位はT(テスラ)です。アメリカの車メーカーであるテスラ・モーターズの名前の由来になっています。テスラ・モーターズの車にはテスラが発明したモーターが載っています。
みなさんが映画館で乗ったエレベーターやエスカレーター、電車の中にもきっと誘導機が使われていると思います。
更にエジソンズ・ゲームを楽しむ
シカゴ万博で世界初の観覧車
1893年のシカゴ万博のシーンでは、後ろに観覧車が映ります。これは同年開発された世界初の観覧車です。別の歴史的なお披露目が同時に演出されていたのですね。
ちなみに、プレゼンテーションのシーンでは作りかけの観覧車が登場していました。誰が気づくんだよっと突っ込みたくなりますが、この辺りのつくりこみには感動しますね。最後の万博シーンでは、無事に完成していました。ライトアップのシーンでは、観覧車にも電球がつけられていましたね。
P.T.バーナムという「興行師」
実は、日本語訳で「興行師」となっていますが、「P. T. Barnum」というセリフが聞こえます。これは2017年の映画「グレイテスト・ショーマン」の主人公バーナムのことです。この映画は2017年公開予定でしたから、同じ年に公開していたら盛り上がったことでしょうね。
秘書のサミュエル・インサルが、エジソンに対して「You’ll die as P.T. Barnum rather than Sir Isaac Newton」と言っていました。このままじゃ、「死んだときには、ニュートンというよりもバーナムと言われるよ」とプロパガンダ工作を非難しているシーンです。
ハリウッド・セクハラ問題で延期
今をときめく映画俳優たちが揃っていることもあってこの映画はとても注目を集めていました。しかし、当初の予定からはなんと2年も遅れて公開された曰く付きの映画です。
ワインスタイン社の作品として、2017年に全米公開を予定していました。しかし創業者のワインスタインのセクハラ疑惑が発覚し、同社は破産しました。映画は公開延期されます。その後、ワインスタイン社は買収され、新たな101 Studiosという配給会社で2019年10月に全米公開しました。
コロナウイルスで延期
2019年の全米公開を受けて、日本では2020年4月3日に予定でした。しかし、当時はコロナウイルスが日本で猛威を奮っていました。多くの映画館が休館となり、映画も公開延期が決まりました。
そしてコロナウイルスに対する緊急事態宣言の終了と劇場の対策強化によって、2020年6月19日に漸く日本で公開されることになりました。それにしても不運が重なってしまった映画ですね。エジソンの呪いでもかかっているのでしょうか。
感想
ここからは実際に観に行った僕の感想を書きたいと思います。
電流戦争を扱った作品ですが、エジソンが悪者になりやすいです。プロパガンダ工作など汚い手を使っていますからね。しかし、この映画ではエジソンの心の動きを表すことで、観客をエジソンに共感させています。ですから、結果的に悪役ではなく、エジソンは人間味あふれるキャラクターになっていました。
個人的には、科学史的に重要なシーンを断片的に取り扱っていることです。1869年、エジソンが開発した株式相場表示機(ティッカー)がウォール街でお披露目するシーン、メンロパークの研究所など、エジソンの伝記の各シーンを切り取ってみているようでした。背景知識がないと混乱してしまうのではないかと心配するようなほど、詰め込んでいたような気がします。
ウェスティングハウスが人格者として描かれていますね。電流戦争の話はウェスティングハウス視点で描かれることが多いので、しっくりきました。東芝事件など、意外と日本人もニュースなどで耳にする名前ですが、知名度は殆どないのでこれを機にウェスティングハウスの知名度が上がるといいですね。
テスラは脇役に近い存在でした。そして、噂通りの変人としての片鱗も見せていました。テスラの人生の節目のエピソードは回収されていましたので、科学史的には楽しめるところでしょう。
個人的に嬉しかったのは、クライマックスシーンであるシカゴ万博の映像化にはワクワクしました。やはりきれいな映像で再現されるのは嬉しいですね。演出が美しく悲しく、考えさせられるような一幕でしたね。
最後に
この映画を観れば電流戦争の概要が掴めると思います。映画としても単純に面白かったです。
なかなか、味わい深いなぁと思ったことが帰り道です。映画を観たあと、少し世界の見え方が変わりました。ニコラ・テスラが発明した誘導モーターが動かす電車に乗りながら、ウェスティングハウスが発明した自動空気ブレーキで電車が停まって、家に帰ります。帰り道を照らす灯りは、火の時代から電気の時代にエジソンが変えました。150年前は全然違う世界だったのだなぁとじわじわ。
また電流戦争を扱った小説も面白かったです。