「ヘンドリック・シェーンという名前を知った。教科書で学ぶ科学もいいけど、ちょっと闇の科学も見てみたいなぁ。簡単に説明してくれないかなぁ」
そんな期待にこたえます。
今回は「シェーン事件」を紹介します。ヤン・ヘンドリック・シェーンを知っているでしょうか。たまには負の歴史も取り上げたいと思います。負の歴史は、人間の愚かさなどを感じてしまいますが、なぜか面白いですよね。現在、シェーンは何をしているのでしょうか。
なお、僕(@おとな理科のおたれ)の物理学の勉強歴は12年ほど。研究者として生計を立てつつ、サイエンス・エバンジェリストとして科学技術を世間に伝えるための教育活動もしています。こういったバックグラウンドなので、記事の信頼性が担保できるかと思います。
それではいきましょう!
世界を騙したシェーン事件【捏造】
シェーン事件の主人公は、ドイツ人科学者のへンドリック・シェーン です。ヘンドリック・シェーンは論文捏造により、もっとも世界を混乱させた人物の一人です。彼は有機物であるフラーレンが超伝導になることを確認したと発表しました。この発見は、産業界への影響が非常に大きい発見でした。半導体産業の中心はシリコンです。多くの半導体がシリコンに不純物を混ぜ込む(ドープする)ことで生み出されます。シェーンの結果が本当であれば、シリコンから有機エレクトロニクスへ転換するという違った未来に進むことになったのです。
2000年〜2001年にネイチャー誌、サイエンス誌、フィジカルレビュー誌といった科学・物理の最高峰の雑誌に何度も何度も掲載されました。大きな業績としては、フラーレンが52 Kで超伝導になることを発見したことです。また、分子サイズのトランジスタの作成に成功したことも世界的偉業と捉えられました。ちなみに、フラーレンの転移温度はシェーンによって更に高い温度の117 Kに更新されました。
しかし、これら全ての業績が捏造だったとわかるのです…。
シェーン事件の発覚「ノイズが全く同じ!」
しかし、シェーンの輝かしい功績は全て捏造した結果だったことがわかります。
捏造が明らかになったのは、カリフォルニア大学バークレー校のソーン氏の元にかかってきた匿名電話がきっかけである。「二つのグラフをよくみてみろ」と電話口で告げられたソーン氏は、別の測定結果のノイズが全く同一であることに気づいた。また、コーネル大学のマッキューン氏は更に別の論文にも同じノイズを見つけました。通報を受けたベル研究所は不正調査委員を設けて調査しました。すると、シェーンの多くの論文で実験データが使い回されていたことや生成された実験データだったことがわかりました。全ての結果は捏造だったことが明らかになりました。
シェーンはベル研究所を解雇されました。更に、シェーンの論文は取り下げられました。ノーベル賞を取ること間違いなしと言われていたシェーンですが、あっという間に立場も失うことになりました。現在、シェーンは地元のドイツでひっそりと会社員をしているそうです。BBCがシェーンスキャンダルについて特集している放送があります。
取り下げられた論文たち
取り下げられた論文は多数ありますが、有名な3雑誌を見てみましょう。
ネイチャー誌
- Schön, J. H., Kloc, Ch. & Batlogg, B. Superconductivity at 52K in hole-doped C60, Nature 408, 549-552 (2000) doi:10.1038/35046008
- Schön, J. H. et al. Gate-induced superconductivity in a solution-processed organic polymer film, Nature 410, 189- 192 (2001) doi:10.1038/35065565
- Schön, J. H., Meng, H. & Bao, Z. Self-assembled monolayer organic field-effect transistors, Nature 413, 713-716 (2001)[5]
- Schön, J. H. et al. Superconductivity in single crystals of the fullerene C70, Nature 413, 831-833 (2001) doi:10.1038/35101577
- Schön, J. H. et al. Superconductivity in CaCuO2 as a result of field-effect doping, Nature 414, 434-436 (2001) doi:10.1038/35106539
サイエンス誌
- J. H. Schön, S. Berg, Ch. Kloc, B. Batlogg, Ambipolar pentacene field-effect transistors and inverters, Science 287, 1022 (2000) doi:10.1126/science.287.5455.1022
- J. H. Schön, Ch. Kloc, R. C. Haddon, B. Batlogg, A superconducting field-effect switch, Science 288, 656 (2000) doi:10.1126/science.288.5466.656
- J. H. Schön, Ch. Kloc, B. Batlogg, Fractional quantum Hall effect in organic molecular semiconductors, Science 288, 2338 (2000) doi:10.1126/science.288.5475.2338
- J. H. Schön, Ch. Kloc, A. Dodabala-pur, B. Batlogg, An organic solid state injection laser, Science 289, 599 (2000) doi:10.1126/science.289.5479.599
- J. H. Schön, A. Dodabalapur, Ch. Kloc, B. Batlogg, A light-emitting field-effect transistor, Science 290, 963 (2000) doi:10.1126/science.290.5493.963
- J. H. Schön, Ch. Kloc, H. Y. Hwang, B. Batlogg, Josephson junctions with tunable weak links, Science 292, 252 (2001) doi:10.1126/science.1058812
- J. H. Schön, Ch. Kloc, B. Batlogg, High-temperature superconductivity in lattice-expanded C60, Science 293, 2432 (2001) doi:10.1126/science.1064773
- J. H. Schön, H. Meng, Z. Bao, Field-effect modulation of the conductance of single molecules, Science 294, 2138 (2001) doi:10.1126/science.1066171
Physical Review誌
- J. H. Schön, Ch. Kloc, R. A. Laudise, and B. Batlogg, Electrical properties of single crystals of rigid rodlike conjugated molecules, Phys. Rev. B 58, 12952-12957 (1998) doi:10.1103/PhysRevB.58.12952
- J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Hole transport in pentacene single crystals, Phys. Rev. B 63, 245201 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.63.245201
- J. H. Schön, Ch. Kloc, D. Fichou, and B. Batlogg, Conjugation length dependence of the charge transport in oligothiophene single crystals, Phys. Rev. B 64, 035209 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.64.035209
- J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Mobile iodine dopants in organic semiconductors, Phys. Rev. B 61, 10803-10806 (2000) doi:10.1103/PhysRevB.61.10803
- J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Low-temperature transport in high-mobility polycrystalline pentacene field-effect transistors, Phys. Rev. B 63, 125304 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.63.125304
- J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Universal crossover from band to hopping conduction in molecular organic semiconductors, Phys. Rev. Lett. 86, 3843-3846 (2001) doi:10.1103/PhysRevLett.86.3843
ネイチャー誌もサイエンス誌も科学業界の最大手雑誌ですよね。そして、Physical Review誌は物理業界では最高峰の雑誌でしょう。そのなかでもPhys. Rev. Lettでは多くのノーベル物理学賞が出ています。このようなトップレベルの雑誌にわずか数年でこれほどの論文がでるわけですから、いかに大騒ぎであったかがわかりますね。
ベル研究所の衰退
シェーン事件と同時にベル研究所は衰退の一途をたどります。信用を失った研究所の末路という感じで、悲しい気持ちになりますね。
簡単にベル研究所の栄光について紹介します。ベル研究所は、言わずと知れた世界的研究所であり、物理、工学の基礎研究・応用研究をおこなっていた。ここで発明、発見されたものを紹介します。何と7つものノーベル賞を獲得しています。
- 電波望遠鏡(1931)
- トランジスタ(1947)
- 太陽電池(1954)
- レーザー(1958)
- 宇宙マイクロ波背景放射(1965)
- CCDイメージセンサ(1969)
- UNIX(1969)
- C言語(1970)
- C++言語(1983)
- レーザー冷却(1985)
- 無線LAN(1990)
どれも現代の科学技術に欠かせないものばかりです。世界トップの研究所だったことがわかりますね。
こんな世界的研究所も、シェーン事件により人材流失が加速しました。そして、勢いを失ったベル研究所は2000年代後半には基礎研究から撤退してしまいました。現在、2015年からはノキア傘下に入って企業研究所となっています。
最後に
有名な捏造事件として、シェーン事件を紹介しました。この事件をきっかけに科学リテラシーが問われ、「共著者の責任」や「査読の意義」などが真剣に議論されました。
日本でも、最近では小保方晴子氏のSTAP細胞捏造事件がありましたね。実は、日本は捏造大国として知られています。論文捏造数のランキングで、日本人が上位を独占しているのです。何とも悲しいことですね。もう、STAP細胞捏造事件から10年ほど経ちますね。
捏造事件は、研究費を取るための競争が加速されることによる弊害とも言われています。実績があるほどお金が集まる仕組みですから、捏造をしてまで実績を摘もうとする人が現れるということなのです。研究が加速されるという目的ですから、この構造が必ずしも悪いということではありません。
審査を厳しくすれば良いという意見もありますが、データの捏造は発見しようがないのが実情です。僕も論文審査者に選ばれたりしますが、論理的な問題やデータ不足などを指摘することができますが、悪意あるデータ捏造には気付くことがまずできませんね。しかも審査者はボランティアでやっており、お金がもらえるわけでもありません。科学技術に対する思いや責任感があってやっている訳ですから、審査者の責任を問うことも難しいでしょう。
科学リテラシーをどのようにあげたら良いか、実に難しい問題ですね。
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