「もののけ姫」で学ぶ科学と技術【りかシネマ】

「『もののけ姫』いう映画が大好きです!色々気になったけど、もっと詳しく知りたいなぁ」

そんな悩みを解消します!

今回は、映画『もののけ姫』を紹介します。「もののけ姫」は日本における自然と人間の共生をテーマにした映画です。もちろん、背景知識がなくても映画を楽しめますが、知っているとより映画を楽しめます。映画を観終えたあとに確認してもよいですね。より深く作品を楽しめると思います。

もののけ姫 [DVD]

Amazon(DVDBlu-ray)、楽天(DVDBlu-ray

なお、僕は研究者として生計を立てつつ、サイエンス・エバンジェリストとして科学技術を世間に伝えるための教育活動もしています。こういったバックグラウンドなので、記事の信頼性が担保できるかと思います。

それではいきましょう。

テーマは「自然と人間の共生」

「もののけ姫」の舞台は、金閣寺が建設されたことで有名な室町時代です。室町時代は14~16世紀ですね。室町時代には、戦国時代にむけて鉱山開発が活発におこなわれており、金山や石見銀山などの銀山が隆盛していました。そして、「もののけ姫」は当時の製鉄という工業を通して、自然と人類の共生について考えさせられる作品になっています。

あらすじを簡単に振り返ってみましょう。

現代の関東や東北にあたる蝦夷の国に育ったアシタカは、祟り神によって死の呪いをうけます。祟り神はイノシシが怨みや憎しみによって成り果てた姿でした。どうして獅子はなぜ祟り神になったのか、その答えを探る旅に出かけます。アシタカは西へ西へと進みます。当時の都と思われる地でシシ神の森で何か不吉なことが起きているとの情報を得ます。現在の中国地方にあると考えられるシシ神の森を探して、さらに西へと進みます。シシ神の森についたアシタカは、森に暮らす生き物たちとたたら場に暮らす人間たちの戦いに巻き込まれていくのです。

アシタカを通して、人間にとっての正義が他の生き物たちを苦しめていることを学び、獣たちとの戦いを通して生き物たちの立場を知る。そして、最後には自然との共生について考えさせる映画ですね。正しいと思われることにも、表裏があって、それらをどのように折り合いをつけていくかを考えさせるような映画だと思っています。

シシ神の森

シシ神の森は、場所は中国地方に位置した森であると考えられます。エボシが森林資源を求めて開拓している森ですね。この森は、日本に太古からある白神山地と屋久島の自然をモデルに描かれたといわれています。 白神山地と屋久島はいずれも1993年にユネスコの世界遺産に登録された日本が誇る太古からの自然ですね。もののけ姫の公開が1997年ですから、製作時期に注目されたと考えられます。

白神山地

白神山地は青森県と秋田県にかけて広がっている山地のことです。12月、日本で初めてのユネスコ世界遺産に登録された。「人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で分布」していることが有名です。

屋久島

屋久島は鹿児島県の島で、屋久杉の森で知られています。太古の昔から生き続ける縄文杉があります。

ベルクマンの法則

ニホンジカにおけるベルクマンの法則
ニホンイノシシにおけるベルクマンの法則

シシ神の森では動物たちが皆大きいといわれています。

自然界でも動物たちの身体が大きくなる面白い現象があります。恒温動物の身体の大きさと生息地の寒冷さには相関があるという法則です。これをベルクマンの法則といいます。

たとえば、南北に伸びる日本列島では北海道や東北などの北国に住む動物が大きいことが知られています。作中にもでてくるニホンイノシシやニホンジカなどではその差が顕著ですね。

絶滅した山犬

国立科学博物館にあるニホンオオカミの剥製

「もののけ姫」こと少女サンはヤマイヌに育てられた少女でした。モロ一族というヤマイヌの親子とともに少女サンは人間たちと戦います。人間たちの自然破壊を止めようとしているのです。

ヤマイヌとはニホンオオカミの呼び名です。1905年に目撃されたのを最後に、すでに絶滅したと考えられています。絶滅の主な要因は、人為的な駆除、人間の生活圏の拡大に伴う生息地の減少などが原因と考えられています。まさに、人間が絶滅に追いやってしまったヤマイヌが自然の代表として、人間に戦いを挑んでいるのですね。

この滅びてしまったニホンオオカミですが、辛うじて剥製が残っています。それでも、ニホンオオカミの剥製は世界に4体しかありません。うち3体が国内(国立科学博物館、東大、和歌山県立自然史博物館)、1体がオランダにあります。

たたら製鉄

作品に登場する「たたら場」は製鉄所のことです。ここではたたら製鉄という鉄鋼生産がおこなわれています。「もののけ姫」の舞台である室町時代は、たたら製鉄の技術が大きく発展した時代です。後にやってくる戦国時代にむけた助走の時期だったとも考えられますね。

明治時代まで、たたら製鉄は日本の製鉄の中心でした。しかし、産業革命により技術躍進と、幕末に結ばれた不平等条約によって、海外から安価な鉄鋼が流入してきたことでたたら製鉄は衰退していきました。今ではなかなか知ることのできないたたら製鉄について「もののけ姫」を通して学んでみましょう。

たたら製鉄と日本刀

日本では産業革命の波が訪れるまで、たたら製鉄が主流な製鉄技術でした。ですから、日本刀の多くは「たたら製鉄」でつくられた鉄を使っています。たたら製鉄の特徴に、炉内の酸素濃度が高く不純物が還元されにくいという特徴があります。これにより、質の良い鉄がつくれていたそうです。たたら製鉄は日本の技術力の根幹にあった技術ともいえますね。

主に、中国地方の島根、鳥取、岡山、広島ではたたら製鉄が盛んにおこなわれていました。

野たたら

たたら場

砂鉄や木炭を求めて拠点の移動を繰り返すたたら場を「野たたら」とよびます。そのため、当時のたたら場は森を焼き払う必要があったのですね。たたら製鉄の大きな問題点の一つが環境破壊です。原料の砂鉄を入手するためや燃料の木炭を得るために次々に森林を伐採しました。実際に中国地方では禿げ山が多く存在していたようです。「もののけ姫」の作中でも、注意してみるとたたら場の周りには禿げ山が多いことに気づきます。

「もののけ姫」の時代でもある17世紀に、「野たたら」から「永代たたら」への移行がありました。馬の繁殖に成功するようになったことから運搬力が向上し、たたら場を移動させることなく施設を拡大させることができるようになりました。

「もののけ姫」の作中でも、エボシ率いるたたらでは砂鉄を取るために森を奪っているとありました。そして、エボシも波乱の末に自然との共生について考えることになります。この作品は正に野たたらから永代たたらへの移り変わりを描いた作品であると思っています。

天秤鞴

「もののけ姫」の作品中にあるたたら場では、女たちがシーソーのような板を踏むシーンが印象的ですよね。エボシのたたら場では、女性たちが板を踏み続ける仕事を夜通しおこなっています。

これは鞴(ふいご)と呼ばれる装置です。製鉄のために温度を上げるには酸素を燃やします。そこで多くの酸素を供給するために、鞴(ふいご)という装置があるのです。ちょうど、焚き火にうちわで風を送るのと同じことをしています。製鉄においては、砂鉄と木炭を合わせて熱することで鉄をつくります。砂鉄は酸化鉄(Fe3O4)ですが、木炭の酸化(C+O2→CO2)に伴い、鉄が還元されるのです。

天秤鞴(てんびんふいご)という装置です。この1691年に開発された天秤鞴は、これを天秤にして、両端に支点のある2つの踏み板を2手に分かれた番子(作業員)が交互に踏む方式にしたことで効率が向上させたものです。

石火矢

「もののけ姫」の作中では、軍備として石火矢(いしびや)をつくっています。エボシは、女性にも持てるようにするため石火矢の軽量化に取り組んでいま下ね。通常、石火矢は青銅でつくられるものを指すため、作品内で「石火矢」と呼ばれているものは別の銃の一種と考えられています。方式からしてこの銃は火槍といわれています。

また作中のエボシの発言から、石火矢が明の国から輸入した技術とも示唆されています。中国の明の時代と日本の室町時代はちょうど同時期ですから、このことからも舞台が室町時代であることが確認できますね。

鍛造

たたら場で鉄を叩いている様子

鉄を叩くことで強度の強い鉄をつくることができます。このような鉄を叩く手法を鍛造(たんぞう)といいます。作品内のたたら場でも鉄を叩いているシーンが多くみられます。たたら場のシーンでは「カン、カン」と鉄を叩く音が常に聞こえていますね。

鍛造によって、強度の高い鉄をつくることが可能になります。鍛造技術によって、女性でも持てるような軽い石火矢づくりを実現しようとしていたことがわかりますね。

ヤックルは架空の動物

アシタカと共に旅をするパートナーにヤックルという動物がでてきます。この動物のモデルはなんでしょう。ヤックルと似た動物は、宮崎駿がかつて書いた「シュナの旅」にも登場しており、日本の時代背景から描いた動物ではないことがわかります。「アカシシ」ともいわれている通り、大型の偶蹄類であることは間違い無いのですが、あくまで架空の動物のようです。

玉の小刀は黒曜石

黒曜石,もののけ姫,ぎょく,翡翠,小刀,ジブリグッズ大百科,魔除け
カヤがくれた黒曜石製「玉の小刀」

作品に登場するアイテムに「玉の小刀」があります。アシタカが旅に出るときに村の少女カヤからもらったものですね。そして、エボシたちとの戦いを前にしたサンにこの小刀を渡します。

この小刀は「黒曜石」製であるそうです。黒曜石は火山岩の一種ですね。日本各地で産出する岩石であり、石器時代から使用していた人類との関わりも深い岩石です。作中のお守りとして、加工品にされていたことが多くあったそうです。

最後

もののけ姫は科学史を学ぶ作品としても楽しめる作品ですね。学べば学ぶほど、宮崎駿監督のこだわりを感じることができます。最近の僕は、ジブリ映画をちょっと変わった視点で見るようになっています。

もののけ姫 [DVD]

Amazon(DVDBlu-ray)、楽天(DVDBlu-ray

なお、たたら製鉄が滅びた理由はイギリスを中心におこった産業革命による製鉄技術の発展です。効率が大幅に向上したことで、たたら製鉄は利用されなくなりました。産業革命や製鉄技術については、別に記事を書いていますので、よかったら読んでみてください。